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「彩色」(さいじき)は、某落第忍者漫画の二次創作テキストサイトです。基本的に倉庫。最初に「about」どうぞ。
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四年生。綾部と滝夜叉丸。
四年生は見た目も行動も得物も個性が際立ってるのに、地味な話になった気が。

題名は源氏の帚木の一節より。
井戸の中=窓のうち=深窓の令嬢という安直な連想です。

高い所にのぼったことがある。
物見櫓とか、断崖絶壁とか、人様の家の屋根とか、どこかの城の鬼瓦だとか。
あまり一般的でないものも混じっているが、仕方のないことだろう。
物見櫓を例としよう。登る登る。途中で少し息がきれる。近くの建物の壁からその屋根へ、いつのまにか視点があがっている。喧噪が遠ざかる。
そうして登りきって顔をあげる。すると。
空しかないのだ。ただ青い空が何にも遮られずに広がっているのだ。一面の空と雲なのだ。
誰にいうのでもなかったが、綾部はいつもその景色に息をのむのだ。

綾部は穴を掘る。視界に空だけが入る場所は、そうはない。高い場所に登るのでは、目立つ。綾部はただ空が見たいだけで、誰にもそれを邪魔されたくなかった。
ただ、空が見たかった。

そうしたことを綾部はぽつぽつと語った。
痺れた足を組みかえて、滝夜叉丸は嘆息した。
「それで、私が穴に落ちたことへの弁明は終わりか?」
綾部は答えずにぼうと瞳を地上に向けている。まさに空を見ている。
「高い所に登ればいいだろうが。誰にも見つけられないようなところに」
「そんな場所、学園にあると思う?」
「まぁ、ないだろうな」
「それに、それでは簡単すぎる。そんなに簡単に得られる景色ではいけないんだ」
綾部の瞳の中の空を雲が流れてゆく。滝夜叉丸はやれやれと嘆息した。まったくわからないというわけでも、ない。

真夜中の森で道しるべを失って、そのうち夜も更けてきて、空が白んできて。
迷子の後輩を捕まえて、一年坊主を背に負って。
疲れて眠くて、目が光を殊更に眩しがって。
そんなとき委員長の七松が、お、と何かに気付いたように笑うのだ。
夜が明けた、と。
森を抜けて目にした朝焼けの美しさは、愚痴も弱音も霞ませる。その瞬間のことは、陳腐かもしれないが他に代え難い。
しかし少しどころではなく癪なので、にっこり笑う委員長に仏頂面をつくり、後輩の腰につけた迷子紐をぴんと引き、朝日をうつして輝きを閉じ込めた一年生の瞳をちらりと見て、帰りますよとわざとつれなくいうのだった。
あれは嵐のような一夜の後の黎明だった。たしかに、夜なしで朝は来ない。綾部の空も、苦もなく得られるものではないのだろう。

「立花先輩にも、そういえば同じことをいわれた」
ぽつりと綾部が呟いた。高いところに登ればよいといわれたのだろう。あの先輩ならそういうだろう、と納得してから、同じことをいった自分に気付いて滝夜叉丸はなんだか複雑な気持ちになった。

綾部の見る空に、不意に見知った顔があらわれた。
「喜八郎か」
「立花先輩」
委員会の先輩だった。立花は穴をのぞきこんで、お前は穴を掘るのが好きなのかと問うた。
「好きですよ。でも、それだけでもないです」
綾部の話を、立花は黙って聞いていた。揺れる黒髪がときおり綾部の視界の外になびく。
話を聞き届けた立花は、高い所に登ればいいじゃあないかといった。
綾部はいいえと答えた。
「それでは駄目なのです」
「ふうん、そうか。そういうものか」
しばらくの沈黙のあと、立花は、蛙だな、といった。
「井の中の蛙だ。お前のことだ、喜八郎」
「了見が狭いですか」
「いいや、見たままだ。井戸の底から空を見上げて焦がれている。焦がれている癖に、自分から遠ざかる」
「この狭い空が手に入るすべてだとしてもですか?」
「空とは広いものだぞ、喜八郎」
綾部には答えられなかった。立花が涼やかに笑う。
「まぁ、同じ景色を他の誰かにも見せてやるといい。そいつが何というか聞いてみても面白いだろう。しかし、お前がこの空をあくまでお前だけの空だというのなら、無理強いはしないが」
そういって立花は去って行った。さらりとなびいた髪が最後に尾を引いてまるい空から消えた。

滝夜叉丸は、蛙、と反復する。口の中で咀嚼して、ひとつひっかかるものがあった。
「お前の掘るタコつぼが一人用ばかりなのも、そのためか」
綾部の瞳がゆっくりと滝夜叉丸のほうを向く。
「お前ひとりが、空を見るためのものだからか」
綾部は人形のようにことんと首を傾げた。
「…そんなこと、考えてもみなかった」
「考えてくれ頼むから」
しかしこの穴は一人には少し広い。二人分には狭いのだが。
もしかして。
(こいつは誰かと空を見ようとしているのかもしれない)
今まで一人で見てきた空を。
その誰か、は特定の誰かではないのかもしれないが、綾部一人のものだったそれを共有しようとしているとしたら、それはきっとよいことだろう。
立花の言葉は、井戸の中に落とされた小石のように、たしかな波紋を綾部にもたらしているようだ。
不意に綾部が口をひらいた。
「考えたよ。これからは二人用のも掘ることにする」
「ほお」
「滝夜叉丸の分もね」
「私の分だと。ふざけるな、もう落ちてはやらん」
「心配せずとも、ちゃんと落としてあげるよ」
「誰が心配などしているか」
滝夜叉丸は憤懣やるかたないといった様子で立ち上がる。狭い穴の中、土の壁を背に手を差し伸べた。
「ほら、あがるぞ。少なくともこの穴は二人用ではないだろう」
「それもそうだね」
綾部は頷いて、滝夜叉丸の手を借りて立ち上がる。腰を落とした綾部の組んだ掌に滝夜叉丸の足が乗せられた。綾部の手と肩を踏み台にして、滝夜叉丸が穴の縁に手をかける。
地上に這いあがった滝夜叉丸が穴に向かって手を伸ばす。
「ほら、喜八郎」
何気なくのぞきこんで、ふと気付く。綾部の瞳にうつっているのはもはや空だけではなった。空と雲と、ちゃんと滝夜叉丸の姿もそこにある。
思わず笑みがこみあげる。綾部がちらりと不思議そうな顔をして、すぐにいつもの無表情に戻った。
綾部は穴の壁にスコップを立て掛けると、柄の部分を足場にして滝夜叉丸の手をとった。片足が地面を踏むと、まだスコップにかかっていた足がくるりと動いて、器用なことに爪先にひっかけられたスコップが姿をあらわした。
感嘆半分、呆れ半分で見ている滝夜叉丸に、綾部がぼそりといった。
「そのうち、四人用も掘ってみるよ」
滝夜叉丸は訝しげに眉をひそめる。何故に四人用?三人用をすっとばして?
すぐに答えは出た。滝夜叉丸は苦いものを噛んだような顔になる。
「タカ丸さんを巻き込むな。田村だけで我慢しておけ」
「見事に全員落としてみせるから、心配しないでいいよ」
だから誰が心配を、といいかけ、やめる。
代わりに不敵な笑みをつくって腰に手をあてた。
「ふん。やってみるんだな。まぁできればの話だが」
きょとんとした後にゆっくりと笑う綾部の頬に土がついている。笑い返す滝夜叉丸の鼻の頭にもついていて、教えてやるものかと二人して思ったことを、互いに知らない。




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綾部のあれはなんて呼ぶのかわからないのでスコップにしてしまった。
誰か知ってたら教えてください。
しかし慣れがないって恐ろしい、口調もキャラもつかめてない…!おお…!

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